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9月以降の新作展示会♪
Thu.31.08.2006 Posted in 旧ブログ
7月20日より開催中の新作展示会、
大勢の方にご来場いただき、作品を見て手にとって、
楽しんでいただいているようで、嬉しく思っております。
ありがとうございます。
秋桜1


9月以降も、ギャラリーにて引き続き展示しておりますが、
都合により不定休とさせていただきます。
ご来場日のお分かりの方は、お手数ですが、
事前にご一報くださいますと、確実かと思います。
よろしくお願いします。
秋桜2
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青森の旅・番外編-平泉-
Mon.28.08.2006 Posted in 旧ブログ
今回の記事も、かなり長い!!(またか)
しかもお寺の話・・・興味ない方には退屈なことこのうえないという。ご注意を。

青森からの帰路、ずーっと訪れたいと思っていた憧れの地、みちのくの極楽浄土・平泉に立ち寄った。鉄道の旅だったので、平泉の二つの大きな寺、中尊寺・毛越寺が、駅から徒歩可能な場所にあり、毛越寺境内に宿泊施設のユースホステルがあったことも、立ち寄るのに都合がよかったのだ。

今回の青森の旅で何が心残りだったかって、温泉地なのに温泉に入る機会がなかったこと。
なので、毛越寺のユースに到着して、近くに日帰り温泉施設があると教わると、一も二もなく、行くことにする。その日の朝、十二湖の森の散策で、クモの巣にもひっかかったし、汗だくでかなり歩き疲れていたので、広くて快適なお風呂は本当に有り難かった。感謝感謝(両手合わせで)
みちのくの極楽浄土とは、ここのことか、と(違)

ユースホステルは、料金の安さも魅力だけれど、何といっても気軽で安心できるから、一人旅ではよく利用する。(ユースといえば、夕食後に広間に集まってギターに合わせて皆で歌う・・・なんてイメージ持ってる方いませんか?そんなことしませんよー・笑)
宿の管理者も、他の客も、旅慣れていたり、旅人の事情を互いに言わずとも分かっている感があって、女性一人旅素泊まり一泊当日予約であっても(そんなのユースでは珍しくもないから)、空いていれば絶対泊めてくれるし。相部屋でカギ無しってのも、慣れれば貴重品等の管理さえしっかりしていれば、大丈夫だし。相部屋の客も、オトナな女性なら、こちらがあまり話したくない様子なら、察して静かにしていてくれる。(たまに察してくれない人にやたらと話しかけられて辟易したりもするけど)

ユースですることないので、とっとと寝て、翌朝早く起き、寺なので一応お約束(?)ってことで、朝の坐禅に参加してみる。といっても初心者の坐禅体験、実際に坐禅している時間なんて20~30分くらいの、なんちゃって坐禅、なんだけど。
本堂の中で、ご本尊の薬師如来さまの前に参加者がずらっと並び、お坊さんの説明を聞いて、初心者なので小さいクッションを敷いて、坐禅に入る。
結跏趺坐に足を組み、手は定印に結んで丹田に置き、背筋を伸ばして首を据えて、目は半眼に。阿弥陀如来さまによくみられるポーズですな。
初心者に、イキナリ心の雑念を払って無になれといっても無理な相談なので、自分の呼吸の吸って吐いてを一回として、数えていくように指導される。確かに、改めて自分の呼吸を数えたことなどないから、それなら集中できる。で、皆の集中力が切れた頃合を見計らって、お坊さんが拍子木みたいなの(名前忘れた)をカン、と鳴らすと、数えるのをやめ、また一から数え直していくのだ。
毛越寺常行堂

修行を積めば、瞑想によって、深遠無限な曼荼羅の世界を自分の内と外に創り出し、宇宙と自己とがひとつに繋がる感覚、精神の究極の高みに昇りつめることも可能・・・な本来の坐禅。
一方私が、なんちゃって坐禅中考えていたのは・・・何だろう、普通に自分のこととかいろいろと。雑念や執着を手放し心を空にせよとはいっても、そもそも不自然な姿勢の痛みで無理矢理集中しようって事なわけだし、始めから何も考えないでいられる前提ではないはずで。押し寄せてくる思考の波を、どう受け止めるか、雑念まみれの自己とどう向き合うか、なんてこともいらない雑念になるのかな。でも、自己を見つめることをしないで、ただ自我を手放しても、意味がないような気がするし。それとも自己を見つめるなんて日常で出来ているべきもので、坐禅という特殊な時間には、「無」や「空」を意識すべきなのかな。むむむ。

余談だけど、ちょっと気になったのは、お坊さんの着ている、あの墨染の僧衣の構造(え)。夏なので白い着物の上に絽の墨染を着ていて、襟元はさすがにきっちり着込まれているのに、腰のあたりはひらひらしているように見えた。袈裟を羽織っているからよく分からなかったんだけど、どうなってるの?(誰に聞いてる) 仏事でお坊さんを見かけることがあっても、そんなの観察してなかったしなあ。

毛越寺庭園

坐禅を終えると、毛越寺ユース宿泊者の特権として、拝観時間前の人のいない庭園を、静かに散策して堪能する。こういう寺や庭園は、人のいない早朝には、さすがに凛とした清浄な気が満ちているように、思えるのだ。
平泉は奥州藤原三代の平安文化が花開いたものの、源義経、藤原泰衡が滅ぼされ鎌倉に従った後は、目立って史上に出てくることもなくなったため、平安時代の遺構がそのままに残されて、貴重な発見が続いている。毛越寺も平安時代の伽藍遺構や浄土庭園から、往時の栄華ぶりが偲ばれる。


以下、続きを読む、で中尊寺と鉄道の話。


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青森の旅・その4-自然-
Thu.24.08.2006 Posted in 旧ブログ
青森は海に山に川に湖にと、実に自然豊かな土地で、冬の厳しい気候が想像できないような夏の盛りに訪れたものだから、木々の緑の鮮やかさがとにかく印象に残った。
そんな緑のトンネルを抜けて、青森の自然美景観ポイントの代表、十和田湖までドライブ。 Tさんと、夏休み中の息子さん二人と、姪っ子さんも一緒。休屋というところが、高村光太郎作の「乙女の像」や、宿泊施設土産物屋などがある、十和田湖観光の拠点なのだが、そういうところは程々にして、まったく人の来ない静かな穴場ポイントで、子供たちと水に入って遊ぶ。気温は真夏だから、水はひんやり冷たい。
十和田湖1

霞がかった天候で、湖面が青く見えることはなかったが、それでも空と雲と山と水だけのシンプルな風景だから、それだけで清々しくて美しい。人工的なものが目に入らない幸せ。こういう場所は地元の人と一緒でなければ絶対来られない。
↓十和田湖は地殻変動によってできたカルデラ湖だそうで、それでかな?水に洗われた石たちが、どれもこれも綺麗で、手にとってじっくり見てみるとマーブル模様がかっこいい。これまた、石マニアにはたまらない場所なんだろうな。
十和田湖2





津軽西海岸沿いを走る列車、五能線。これはテッチャンならずとも一度は乗ってみたい絶景路線、ではなかろうか。
Tさんに別れを告げ帰路に向かいつつ、この五能線に乗ってみることにした。途中の十二湖駅で下車して宿泊することにしたので、一日目は午後、↓こういう日本海の絶景を右手に眺めつつ、海岸ギリギリを走っていく。
五能線風景1

夕陽海岸と呼ばれるほど、夕陽の眺めが素晴らしいとのこと。私が乗った時刻は夕陽には早かったが、それでも充分美しい眺めであった。奇岩が連なる海辺、濃緑の山々や田園風景が、車窓に次々と現れては消えていく。
海水浴客や、農作業中の人々が、列車を見るとみんな手を振っていたのが面白かった。確かにそんな気分になるだろうなあ。
五能線は普通列車は一日に往復三便ほどしか走っておらず、「リゾートしらかみ」という特急が、これも上り下り三便ずつ走っているので、両日ともこれに乗った。
全車指定席禁煙で、ボックス席や展望ラウンジ、車内販売もありで快適。絶景ポイントでは徐行してくれるし、案内アナウンスも丁寧だ。時間によっては、津軽三味線生演奏や津軽弁語り部実演も、あるそうな。

↓二日目は十二湖駅を昼頃発つ列車に乗る。一日目に乗った「くまげら号」の方が外観がカッコよかったんだが、写真が撮れなかったので、二日目に乗った「ぶな号」の写真。
五能線リゾートしらかみ

途中、不自然に列車が停止したので、何事かなーと思っていたら、カモシカが線路を横断していたため停止したのだそうで。カモシカが線路横断て・・・ その後ダイヤが狂って乗り継ぎとか大変だったみたいだけど。カモシカに翻弄される人々(笑)。 あ、カモシカは列車との接触はなく無事だったようで。

↓昼間の海の色は、前日の夕景とはまったく違う、健康的な濃いブルー。水平線と、空の彼方に見える雲、海岸沿いの奇岩が織りなす自然の絵巻。あー贅沢贅沢♪
五能線風景2



以下、続きを読む、で白神山地の入口、十二湖のこと。


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青森の旅・その3-文化-
Mon.21.08.2006 Posted in 旧ブログ
今回の記事は、とにかく、異常に長い!!まとめられなかった(泣)
しかも歴史とか陶芸とかアートとかに興味ない方には、退屈な内容かと(汗) ご、ご注意をば・・・ 


歴史ファン・考古学ファンを名乗るなら、青森に来たからには、三内丸山遺跡に行かねばなりますまい! というわけで行ってきた、日本最大の縄文集落遺跡・三内丸山遺跡。
なにしろ縄文前期~中期(今から約5500年~4000年前)にかけての、約1500年の長期間に渡る集落跡だから、その規模も重要性もハンパではない。現在も貴重な発見が続く、研究者のみならず考古学ファンにとっても、ありがた~い遺跡なのである。
現在は遺跡そのものはきちんと埋め戻して保存され、そのごく一部の上に、見学できるように、空調管理可能な覆い用の建物が建っていたり、発見された建物跡から推測される、当時の建物がいくつか復元されていたり、ひと巡りしながら主な発掘の成果を見学できるようになっている。
三内丸山遺跡

遺跡を一周しながら解説してくれる、ボランティアのガイドさんに、他の見物客と一緒にぞろぞろと付いていって説明を聞いた。あまり団体行動はしたくないが、説明を聞きたかったし、このガイドさんがまた説明慣れしていて分かりやすかったのだ。

で、遺跡に隣接して、遺跡展示室があり、発掘出土品を展示しているのだが。 え・・・展示室狭いし、展示品の数も、こんだけかい!!と思ってしまった(すいません)。 いえ、貴重なものをいろいろと展示してくれているのは分かってるんだけどね、縄文土器とか土偶とか、 もっとたくさん見られると思ってたんだけどっ! その奥の収蔵庫に何千点って保管してあるんだろ!? あぁ全然食い足りねぇ料金取っていいからもっと見~せ~ろ~~(ジタバタ)←思わず素にもなるってもんだ。
展示の説明とかも、やはり少々子供向けだったな。もっと大人が(特にこういうもの見させておけば半日くらい平気で時間つぶせるような人間が)じっくり楽しめる展示求ム! 縄文人の生活用品の、なんちゃって制作体験コーナーなんて、いらないから(ひど)。学習用のレプリカや模型ばかりでなくて、ホンモノが見たいだけなんだ。まあ、研究や保存・管理のため、いろいろと難しいんだろうけど、さ。

でも展示品の中に、失敗作?と思われる土器、が展示してあって、反復模様がきちんと繋がってなかったり、高台がずれていたり、一度成形して縄文までつけたのになぜか潰して、その潰れた状態で焼き上げているものとかあって、何のために?と想像が膨らんで、楽しいのだった。




Tさんの仕事の都合で、ふと時間が空いたので、Tさんの電動自転車を借りて、黒石で登り窯による陶芸作品を作っている、窯元・烏城焼さんを訪問することにした。
Tさんの妹さんに地図を書いてもらって出発。(余談だけど、電動自転車ってホント便利! かなり起伏のある道のりだったけれど、楽々スイスイ快走だった。久々の自転車は風をきる感覚がなつかしい。)
りんご畑の隣の狭い路地を走りながら、ふと思う。Tさんと知り合わなければ、そして今日こうして青森に来ていなければ、おそらく一生通ることのなかったであろう細い道。ずっとそこに在る何気ない風景が、旅人にとっては一期一会のかけがえのないものになる。こういう瞬間も、旅の醍醐味のひとつに違いない。
緑のもみじ

烏城焼窯元は、陶芸家・今井理桂氏が作家活動の拠点としているところで、山の斜面に築かれた、りんご畑に囲まれた長大な登り窯が目を引く。敷地内には、今井氏作品の展示室や工房はもちろん、今井氏の収集した古陶の展示室も建てられている。とりあえず展示室に向かおうとしたのだが・・・その時、薪のはぜるわずかな音と、かすかな匂いを、とらえた。
薪の窯を焚いている・・・?
すいよせられるように、松が窯の中で燃える時の、あのパチパチという音と、何よりあの独特の匂いのする方へ。やはりそこでは登り窯を焚いていて、焚き口から見える炎の色は、すでに陶器を焼く上での最高温度に達していることを示していた。長大な窯の方ではなく、その隣の5部屋くらいの(←記憶曖昧・汗)小さい窯の方を焚いていて、一週間ほど焚き続けるうちの、中日あたりだそうで。
まぶしいほどの炎と、薪の投入に反応して噴き出す煙、そしてそばにいれば体の水分が全部蒸発してしまいそうな、あの強烈な熱気。何故だろう、今回のように通りすがりにすぎなくても、薪の窯に火が入っている光景にはいつも、心の奥の方が無条件で叩きおこされ跳ね上がってくる。それこそ火の神と共に在るような特別な時間・空間と、あとはやはり単純に炎の美しさに、魅せられてしまっているのだろう・・・
烏城焼

展示室で今井氏作品を見せてもらう。土色や釉色は登り窯作品らしい自然美を十二分に見せてくれている。そして特に目が留まったのは、作品の造形ライン。古陶を収集されているぐらいなので、相当いろんな(良い)ものを見てきているのかな、と思わせる。不快なラインが、ひとつもない。

見学しながらふと、以前それこそ日本中の陶芸の里、を訪ねては、古陶を展示している所や作家の工房を廻って、あらゆるものを見てみようと旅していた時期のことを、思い出す。 その頃は自分の方向性など分からず、ただ闇雲に歩き回っていた。そして自然と思い至ったのは、陶芸作品には、どんな小さな湯呑ぐい呑であっても、作り手のすべてが表れているものなのだ、ということ。目に見える技術的なものはもちろん、それまで陶芸に費やしてきた時間とか、価値観、物づくりに対する考え方や姿勢、そして人間そのもの、に至るまで。

旅の空という特殊な状況にいると、ちょっとしたきっかけで、自分の中でとうの昔に消化して当たり前になっていた考えが、ふっと改めて思い起こされたりして、まったくの不意打ちだけれど、悪くない。
このやっかいな業界に足を踏み入れ、今や抜き差しならないトコロまで陥っているけれど、それでよかった、楽しいなどと素直に思えるのも旅の効用なのか・・・

今井氏と、助手の女性(上の写真で窯焚いているお方)と話をしたが、お二人とも突然訪ねたのに快く応対してくださった。ありがとうございますm(__)m


以下、続きを読む、で青森の近現代アート。


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青森の旅・その2-城下町-
Thu.17.08.2006 Posted in 旧ブログ
観光地として有名な所を旅していると、いわゆるベタな観光名所・旧跡、といわれる場所がいろいろあるわけで。旅人によっては、ツアーでない個人旅行ならば、ベタな名所旧跡は敢えて殆ど立ち寄らず、独自の旅を展開するのだって人もいる。でも私は、「とりあえず観光名所・旧跡は、まあ出来るだけ押さえておきたい」タイプ(笑)。なぜなら、名所旧跡とされている場所は、確かに歴史的な意義があり、土地の人々に大切にされ、長い時を経ても残ってきた、それだけの力のある場所だと思うから。それらを巡ってみるうちにその土地が気に入って、時間に余裕があれば、少しのんびり滞在してみたりする。


今回の青森の旅でも、交通手段の都合であまり遠出は出来なかったけれど、歴史のある旧跡はいろいろと訪れましたとも。
↓弘前公園は、津軽藩政の中心地・弘前城の跡地で、東北地方で唯一江戸時代の天守が現存するとのこと。現在はシダレザクラの名所としても名高い。公園として整備されていて、賑やかな市街地の中心にありながら、お濠を越えて一歩足を踏み入れると、静かで緑がいっぱいで、ふっと一息、癒されるのだった。
弘前公園

この公園で何が驚いたって、古木・名木の多いこと。園内には、説明看板の付された「名木」もたくさんあるし、それ以外の、特に何も指定されていない木であっても、実に立派で見ごたえのあるものばかりなのだ。人の手が加わり、ある程度整えられた美しさを感じさせる古木・名木が、どこを向いても目に映る。これはもう、樹木マニア(?)にはたまらん、のだろうな。

↓弘前市のシンボル岩木山の麓にある岩木山神社は、老杉に囲まれ、長い参道を持ち、いかにも古社らしい落ち着いた佇まいをしていた。
しかしここを訪れた時、もう溶けそうなほど暑かっ・・・た・・・
北国といえども、夏は暑いのだった(当たり前)。朝晩は過ごしやすかったけど。
岩木山神社



以下、続きを読む、にも少し。


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青森の旅・その1-祭り-
Mon.14.08.2006 Posted in 旧ブログ
夏の東北はお祭り三昧、今回の旅は、青森のねぷた祭りを見る!のが目的で。
以前から行ってみたいとは思いつつ、この夏訪問が実現したのは、知人で青森県黒石市在住のTさんのおかげ。Tさんは子育てしながらエステサロンを開業して頑張っている、芯の強いステキな女性。青森滞在中、彼女のお店に宿泊させてもらった上、あちらこちら案内してもらい、さんざんお世話になったのだった。

午後七時前、青森駅に到着した時、すでに街は祭り一色で、一週間に渡り毎晩行われるねぶた運行に、多くの参加者と見物客が集まり、それを見越した屋台が通り沿いにずらりと並んで賑わいをみせている。
そして薄闇の中、待機中のねぶたが点燈されると、どっと歓声と拍手が湧き起こる。囃子方が和太鼓を打ち鳴らし、笛や手振り鉦が響き、ラッセラーの掛け声とともに、大型ねぶたがゆるりと動き出す・・・
青森ねぶた1

間近で見ると、各「立体形巨大燈籠」ねぶたの大きさ、歴史物語の有名どころを題材にした凝ったつくり、造形と色彩の美しさや、何台も連なって進んでいく迫力に圧倒される。
そしてそのねぶたを生き物のように動かして観客を魅了する曳き手たちや、「正装」である白地の浴衣に派手な布を巻き鈴をさげ頭に花笠を乗せた跳人(ハネト)と呼ばれる踊り手たち(↓写真分かりにくいな)、繰り返される祭り囃子に歓声に、何よりその場の、夏の暑さのせいばかりではない、祭り特有の日常を離れた異様な熱気。初めて訪れた一見物人であってもワクワクするのだから、地元の人々の高揚感は推して知るべし、なのである。
青森ねぶた2

最近の青森ねぶた祭りは、いろいろと規制が厳しくなっているらしい。時代とともに祭りの形態が変化していくのは仕方がないけれど、本来祭りは土地の人々の祈りの行事であるのだから、そういう本質的な大事なところは、忘れられないで受け継がれていってほしい。




青森市の西南、弘前市の弘前ねぷた祭りも、代表的な青森県の夏祭りのひとつ。(この時期県内各地で、ねぶた祭りは規模の大小問わず行われているらしい)
弘前ねぷた祭りは、青森ねぶた祭りとは全く趣が異なる。表面に勇ましい武者絵、裏面に麗しい美人画(これが一服の清涼剤に思えるのだ)、が描かれた扇形の巨大燈籠が、ヤーヤドーというスローテンポな掛け声や、大太鼓の勇壮な響きとともに、列を成して練り歩く姿は、どこか優しくて幻想的な雰囲気さえ漂わせる。
弘前ねぷた

それでも交差点では、曳き手たちが勢いよくねぷたを何度もグルグル回転させるので、かなりの迫力。そして扇形の上部が外側に倒せるつくりになっていて、低い位置の電線など障害物は、ねぷたの天辺に乗った人たちが、直前で上部を倒して遣り過ごす。たまに電線の下でねぷたを回すものだから、倒したり起こしたりで、見ている方がヒヤヒヤさせられる。お殿様の仮装をした人のチョンマゲが電線に引っ掛かって、カツラがヤバイことになっていたのも、ご愛嬌。

さらに滞在していた黒石市の黒石ねぷた祭りも、祭り囃子に誘われ見に行ってみた。その日は連なって運行するのではなく、各々の町内で単体でねぷたを引き廻していた。黒石は立体形と扇形と両方あるらしい。
それぞれの地域ごとに、それぞれの特徴ややり方があって、思った以上にこの夏祭りは、青森の人々に夏の当たり前の恒例行事として、しっかりと意識の中に沁みこんでいるようにみえた。
↓黒石でねぷた祭りの期間中掲げられていた、金魚燈籠。なぜにこんな表情なんだろう・・・?
黒石ねぷた



以下、続きを読む、で青森ねぶた祭りのクライマックス(まだ続くのかよー!)


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御神木の大イチョウ
Wed.02.08.2006 Posted in 旧ブログ
こぢんまりとしているものの、歴史を感じさせる空気を纏うF神社。
その境内には、樹齢670年の2本のイチョウの古木があり、御神木として祀られています。
中でも西株は、その幹の古色蒼然たる様といい枝葉の広がり具合といい、堂々たる迫力で流石の風格があります。
2本とも、もう実は結ばないそうですが、こうして青葉の季節には毎年、目に痛いほどの緑を繁らせるのです。秋の黄葉の見事な様子も、容易に想像がつくというものです。
御神木1


そしてその西株の幹は、もうすごいことになっているのです。(何と言ったらいいのか分からない・笑)
私が最初にこの古木に逢ったのは雪に降られた真冬でしたから、周囲の物寂しさと相俟って、正直畏れすら感じたものです。 幹の表面に多くの気根が垂れ下がり、長年の風雪に耐え、他の寄生を許し苔むした様子は・・・そう、『ものの○姫』の世界、だと思ったのが第一印象(えぇ?
その時頭の中で、米良さん(下の名前が出てこない・汗)の歌う、「ものの○姫のテーマ」が鳴り響いたのは言うまでもありません。
御神木2

他にも、『ロー○・オブ・ザ・リング』に出てくるエント族(木の妖精というか妖怪?)みたいだな、という意見もあったのでした。